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恐山のイタコと沖縄のユタ


恐山のイタコと沖縄のユタ

日本独自の霊媒師、イタコ・ユタとは
口寄せで知られている青森県は陸奥下北地方、恐山のイタコ。そして一転、南の沖縄県地方のユタには多くの共通点が存在します。恐山のイタコと沖縄のユタの共通点は、まずどちらも優れた霊能力を持っているということです。貞観4年(862年)に慈覚大師円仁が青森県の陸奥に開山したと言われている恐山は、比叡山と高野山とともに日本三大霊山のひとつとされています。一方の沖縄県も琉球王国の時代から、青森県の恐山と同様に霊的な地域とされてきました。
恐山のイタコと言えば、亡くなった先祖や家族などの霊を、自分のなかに乗り移らせて語る口寄せが有名です。沖縄のユタもまたイタコと同じように、口寄せを行う民間の巫女として知られています。恐山のイタコはこれまで、テレビなどで何度も紹介されて知名度があります。そのため多くの人がイタコのことを知っていますが、沖縄のユタのことは意外に知られていません。これは優れたイタコが神様と呼ばれるのに対して、ユタはイタコと同様に一般の人にはなし得ない霊能力者でありながら、沖縄でユタは穢らわしい、あるいははしたないものと軽蔑されていた時代があったからです。
沖縄ユタの歴史
沖縄のユタは琉球王国の時代から、おもに沖縄県と鹿児島県の奄美群島で口寄せを行ってきました。沖縄諸島や奄美群島では「ユタ・ホゾン・トキ」と呼ばれ、宮古列島と八重山列島ではそれぞれ「カンカカリャ・サス」や「ムヌチ・ニゲービー・カンピトゥ」と呼ばれています。沖縄には昔から御願所(ウグヮンジョ)や拝所(ハイショ)で、部落や村の祭祀や祈願などを行う女の司祭者とシャーマンとしてのユタが存在していました。ユタは司祭者とは異なりおもに個人の家で運勢(ウンチ)や、禍厄の除災(ハレー)や吉凶の判断(ハンジ)に病気の平癒祈願(ウグヮン)などを行っていました。ユタは亡くなった死者の儀礼や死霊供養を行い、沖縄の民間信仰を支える上で欠かせない存在でした。
しかし沖縄では知識人を中心に、ユタの霊能力への信仰は迷信だという考えが浸透していて、長年に渡ってユタのことを口にするのは穢らわしいと思われていました。しかしその一方で何か問題があれば家庭の女性が、一家の代表としてユタの元を訪れ相談していました。男性も口でははしたないと軽蔑していましたが、家の中ではユタのお告げに従って行動する男性が多かったと言います。
ユタの役割
現在では、恐山のイタコのように、口寄せを目的としてユタを訪れる人が絶えません。沖縄県には昔から、「医者半分、ユタ半分」ということわざがあります。またユタ買い(ユタコーヤー)という言葉も沖縄にはあり何かあれば数人でユタを訪れ、仏口(ホトケクチ)と呼ばれる口寄せの他にも神口や生口などの依頼をします。沖縄ではこのように個人または集団で解決しないような問題が起きた場合には、必ずと言っていいほどユタに最終判断を求めます。そのためこれまで一部の人から忌み嫌われていたユタも、今では神と人間を介在する神人(カミンチュ)と呼ばれています。
ユタは過去に弾圧された歴史があるため、今でも侮蔑的なニュアンスがユタと呼び名を嫌い、易者を意味する三人相(サンジンゾー)や、風水を判断する風水師(フンシー)と自称しているユタも少なくありません。現在のユタの役割は新年にその年の初運勢(ハチウンチ)を行なったり、病気や傷などの健康上の相談にも乗ります。さらに病院で完治しないような、難病の原因を尋ねるためにユタを訪れる人もいます。また商売や事業を起こす時に可能性を占ってもらったり、家を新築した場合などに風水見(フンシーミー)をしてもらったりします。このようにユタは、沖縄の人々の生活に密着した役割を果たしています。

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